元国税局職員の芸人による税務調査体験談「電話機を磨く母親への給与」

元国税局職員さんきゅう倉田です。無人島に一つだけ持っていくとしたら『質問検査章』です。
国税局の仕事は、国税の賦課・徴収です。簡単に言うと、税金をかけたり集めたり。その中で、(ぼくが)最もたのしいのは「税務調査」です。
今回からは、ぼくが行った、または見聞きした税務調査で、社長や納税者が行なった申告上の誤りや所得を隠した方法を紹介します。
働いていない家族を従業員にして給与分をポケットに…
同族会社を設立して、圧倒的に多くの方が、簡単に、安易に、やすやすと行うのが、家族を従業員にして、給与を経費にする方法です。
もちろん、家族に業務を与え、ちゃんと働いているなら問題ありません。しかし、帳簿上は給与を払っていても、出勤もさせず、自宅で簡単な作業をさせていると偽装して、給与相当額も社長のポッケに入れてしまうようなことがあります。
中古のオフィス用品を販売する会社に税務調査をしたときのことです。
プレハブ小屋で、社長と税理士の先生と話をしました。帳簿を見ると、毎月8万円、社長のご母堂への給与の支払いがありました。社長は独身で、家族は母親しかいません。家族を従業員にしようと思ったら、母親だけなのです。
社長に業務内容を確認すると、中古のオフィス用の電話をよく仕入れる。電話は、受話器を解体して、中のフィルターを交換し、表面を磨く。簡単な作業だが、量が多いので、年老いた母親に任せている、とのことでした。少し怪しかったので、母親に確認することにしました。母親は隣の県に住んでいたので、電話で話を聞くことにしました。
母親へのヒアリング
「仕事? たまーに、電話を拭いたりするけどね。月に1回くらいかな。息子が持ってくるから、暇な時拭いてるけど。量?量はわからないねえ。あんまり数えてないのよ」
話し方から、母親には税や経営の知識はなく、悪意もないようでした。純粋にありのままを話してくれている印象でした。
再度、社長に確認し、あ、社長と言っても、高そうなスーツを来て、髪の毛をしっかりとセットするようなタイプではありません、上下作業着にキャップを被ってずっとトラックを運転する社長です、月に何回どうやって母親のところに電話を運ぶのか確認すると、「時間ができたときに車で運んでいる。いつ運んだかは覚えていない」とのことでした。
あの頃、ぼくは若かった
未熟だったぼくは、ここで母親の給与に関する追求をやめてしまいました。実は、この税務調査が一人で臨場した初めての調査だったのです。
今思うと、母親に勤務の実態はなかったと思います。十分な聞き取りを行えば、給与を否認して、給与の金額を社長の認定賞与として処理できたことでしょう。しかし、力及ばず。母親が給与をどのように受け取っているかさえも確認しませんでした。
ぼくが今も調査官だったらこんなことを尋ねるでしょう。
当時聞けなかった質問は
母親のところへ行ったことがわかる証拠について
車で他県に行ったのであれば、高速道路を利用した可能性が高いです。業務で母親の元を訪ねたのであれば、高速料金は経費にできますので領収証があるはずです。本当に業務で母親のところへ行ったのかは分かりませんが、行った事実は確認できるかもしれません。
電話機の仕入れと売却の日時の確認
電話を仕入れて、月に一回程度母親のところへ運び、次の月に回収し、その後、販売する。ということは、仕入れてから、少なくとも1か月以上は販売できません。仕入れ日と売却日のスパンがそれより短く、現在の在庫も少なければ、母親のところへは持ち込まず、すぐに販売している可能性があります。
母親に1か月の清掃台数の確認
記録もなく、年配の女性の記憶に頼るだけとなりますが、清掃台数が分かれば、仕入れ台数との乖離を社長につきつけられたかもしれません。
母親に給与の金額と使いみちの確認
社長によると、毎月の給与は電話機を持っていったときに、現金で渡しているとのことでした。母親に受け取っている金額と使途を確認すれば、給与をもらっていない事実が明らかになったかもしれません。また、もらっていないのなら、いつもらったか答えられないはずですので、それを端緒に落とせたかもしれません。
このように、粘り強く質問を続ければ、ボロが出たはずです。もちろん、母親はちゃんと仕事をし、社長は給与を与えていたかもしれません。しかし、客観的な証拠が何もなければ経費として認めるのは難しいです。
税務調査対策にはしっかりした証拠資料を
このときのぼくは、「疑わしきは罰せず」くらいの気持ちで税務調査を行なっていました。
証拠があれば、それが本物かどうか確認し、偽造されたものと疑うのであれば、調査官が偽物であることを証明しなければいけません。しかし、証拠資料がなにもないのに、社長の口上だけで経費として認めてしまうなんて、ぼくは愚か者でした。愚か者の世界大会があったらアメリカ代表にもやすやすと勝てるでしょう。
調査の結果は芳しくなく、ぼくは部門の統括官に呼び出され、天井に逆さ吊りにされ、そろばんで殴打され、焼けた石で家畜に番号をふるように「済」と焼き印を押され、耐用年数がとうに過ぎたがたがたのベルトコンベアーに乗って、市場にまわされた、と言うのは嘘ですが、こってりしぼられました。
今のぼくであれば、そんなミスはしないでしょうし、ベテランの職員であればなおさらです。もし、家族を従業員にすることを考えているならば、必ず記録を残し、証拠資料を揃えましょう。
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