在庫は資産か、それともリスクか?決算時に在庫が多いときの注意点を税理士が解説
経理・決算

6月、YouTuberのヒカル氏がプロデュースしたブランド商品について「在庫が捌けるまで活動を休止する」と発表し、話題となった。対象となったのは、シャンプーなど約30億円分の在庫。しかし翌日には「ほぼ完売したので活動再開します」と発表し、わずか1日で売り切ったとされている。
この一連の出来事は、在庫の持つ重みと、それをどう扱うかによって経営の明暗が分かれることを改めて示した事例ともいえるだろう。
企業や事業者にとって、在庫の管理は売上拡大に関わる大きな課題だ。適切な在庫を確保しておけば、販売機会の損失を防ぐことができ、売上増加へつなげることが可能となる。
一方で、もし商品が売れ残り、在庫が多すぎると決算時にどのような影響があるのだろうか。田中将太郎税理士に聞いた。
●決算直前に大量に商品を仕入れても節税にならない理由とは
ーーもし在庫が多すぎると、決算時にどのような影響があるのでしょうか。
「シャンプーなどの商品を仕入れた場合、『その支払額すべてを税務上の費用(損金)として一度に計上できる』と考える方もいますが、ここには大きな落とし穴があります。
会計上、仕入れた商品が在庫として残っている場合は、仕入高から在庫を差し引いた『売上原価』を算出する必要があります。
売上原価は『期首在庫+仕入ー期末在庫』で計算されるため、期末在庫が多ければ多いほど、売上原価は小さくなり、それに伴い損金として認められる金額も少なくなります。
つまり、『決算直前に大量に商品を仕入れて税金を減らす』といった対策は、その仕入れが在庫として残る限り、税務上の費用にはならず、節税効果は得られないという点に注意が必要です。
もちろん、在庫が翌期以降に販売されれば、その際に売上原価として損金算入することができます。しかし、売れ残った“過剰在庫”が企業にとって重荷になることも少なくありません。
さらに、販売見込みが乏しい在庫や、型落ち・破損・劣化などで価値が下がった在庫については、『評価損』として帳簿価格を実勢価額に引き下げる処理(低価法等)が求められます。
ただし、この評価損を税務上の損金として認めてもらうためには、会計上で正しく処理されていることが前提となり、かつ、その評価額が合理的な根拠(証憑書類、販売実績、在庫の陳腐化状況など)に基づいて算定されている必要があります。
税務調査でも、在庫の評価は重点的に確認されるポイントのひとつです。過剰在庫の発生とその管理は、節税・キャッシュフロー・財務健全性のすべてに関わる重要なテーマであり、慎重な対応が求められます。」
●在庫の圧縮は、経営の根幹に直結する重要テーマ
ーー決算時に在庫を減らすとどんなメリットがあるのでしょうか。
「在庫を減らすことには、会計・税務・資金繰りの各側面でさまざまなメリットがあります。
まず最も健全な形は、『売って在庫を減らす』ことです。これにより売上が立ち、利益が出るだけでなく、現金が増えることでキャッシュフローが改善・安定化します。
一方で、将来的に売れる見込みが薄い在庫については、適切に評価損を計上することで、税務上の損金に算入でき、法人税等の負担を軽減することが可能です。
これは単なる会計処理ではなく、実際に支払う税金を減らし、結果としてキャッシュを守る節税対策として非常に効果的です。
さらに、在庫が過剰に膨らんでいる状態は、貸借対照表(BS)上の『資産』として過大に見えてしまい、財務の健全性を損なう要因となります。 期末に在庫を適正な金額に圧縮しておくことで、BSの見栄えが良くなり、金融機関からの融資審査でもプラスに働く可能性があります。
つまり、在庫の圧縮は単なる“棚卸”の話ではなく、税務対策・資金繰り・融資戦略といった経営の根幹に直結する重要テーマなのです。決算時には『在庫をどこまで圧縮できるか』を戦略的に見直すことが、強い財務体質づくりにつながります。」
●売れない在庫をリスク資産にしないようにするには
ーー在庫管理について、他にもアドバイスがあればお教えください。
「前述のとおり、在庫管理は、税務や会計の視点にとどまらず、経営戦略の根幹を支える重要なテーマです。過剰在庫は、利益を圧迫し、資金繰りを悪化させ、保管コストを増加させるなど、経営体力をじわじわと蝕む“見えにくいリスク”です。
そのため、まず実践していただきたいのは、『在庫回転率の定期的なモニタリング』です。在庫回転率は、以下の式で求められます。
在庫回転率=商品の売上原価(1年間)÷平均在庫金額
この数値が低い商品は、陳腐化・劣化・売れ残りのリスクが高く、将来的に評価損や廃棄ロスにつながる可能性があります。
近年は、クラウド型の在庫管理システムなど、ITを活用した管理ツールが中小企業も導入しやすくなっており、現場の在庫状況をリアルタイムで把握できる環境を整えることが可能です。
特に、スタートアップや成長フェーズにある企業では、在庫戦略が経営の命運を左右することも珍しくありません。 『売れない在庫』は、単なる資産ではなく、利益・キャッシュ・信頼を奪うリスク資産にもなり得ます。
数字に表れない“兆候”を見逃さず、定期的な棚卸と意思決定のサイクルを回すことが、強い在庫管理の本質となります。」
【取材協力税理士】
田中 将太郎(たなか・しょうたろう) 税理士・公認会計士
慶應義塾大学経済学部卒業後、シカゴ大学ビジネススクールでMBAを取得。公認会計士試験に合格後、国内外の金融機関などへ財務諸表監査や国際会計基準(IFRS)の導入アドバイザリーに従事。 その後、経営コンサルタントとして大企業向けの経営戦略、マーケティング、M&A、新規事業立ち上げ等の支援を実施。2021年に田中国際会計事務所を設立し、スタートアップから大企業までの幅広いクライアントに会計、税務、M&A等の支援を行う。2024年にYoutube「たなSHOWチャンネル」を立ち上げ日々、情報発信を行う。
事務所名:
株式会社田中国際会計事務所
田中将太郎公認会計士・税理士事務所
【事務所HP】https://shotaro-tanaka.com/
【Youtube】たなSHOWチャンネル:https://www.youtube.com/@tanashow_cpa