注目集まるジュリー氏の相続税問題、金の動きはどうなるか ジャニーズ性加害から考える事業承継税制
事業承継

故ジャニー喜多川元社長の性加害問題で、法律だけでなく税制にも注目が集まっている。SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)が10月2日に開いた会見で読み上げられた藤島ジュリー景子前社長のコメントで、藤島前社長は「法を超えた救済」のため株式保有は続ける一方で、代表権を返上して「速やかに納めるべき税金を全て支払い、会社を終わらせる」との方針を示した。
ここでいう「納めるべき税金」とは、事業承継税制により免除されている多額の相続税だ。藤島前社長は、ジャニー喜多川氏(2019年死去)、メリー喜多川氏(2021年死去)が亡くなった際にメリー喜多川氏から株式を承継しているが、この際、事業承継税制を使い、相続税の納税を猶予・免除されていた。
事業承継税制とは何か。今後、藤島前社長はどのタイミングで税金を納めることが予想されるのだろうか。岩永悠税理士に聞いた。
●どのような制度なのか?
——事業承継税制、特例措置とは具体的にどのような目的で、どのような税を猶予・免除する税制なのでしょうか
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続等により取得した場合において、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です(国税庁HPより)。
もともと事業承継税制の制度趣旨としては、中小企業の経営者が亡くなった際などに「不動産や有価証券など会社の資産が大きいことで、中小企業の株式評価が高額となり相続税負担が増え、相続税を支払うために会社を清算する」ということを防ぐために創設されたものです。
せっかく培ってきたその事業が承継されず、しかもその会社に勤務していた人たちが職を失うような事態を回避するためのものと言えます。
●取り消されるケースとは?
——事業承継税制の納税猶予が取り消されるケースとはどのようなケースでしょうか。藤島ジュリー景子氏が代表取締役を退任することは取り消される事由に該当しますか
代表取締役退任は、取り消し事由にあたります。
厳密に言えば、取り消し事由は「経営承継期間5年間だけ制限される納税猶予」と「経営承継期間6年目以降、免除時まで継続する納税猶予」とで異なります。
この内、「経営承継期間5年間だけ制限される納税猶予の取り消し事由」としては、後継者が代表者でなくなった、5年平均従業員数が承継時の80%を下回った、後継者と同族関係者の議決権が総議決権数の50%以下となった、納税猶予対象株式を一部でも譲渡した、などが要件としてあります。
性加害問題での被害者に対する被害補償において、もし同社株を売却して原資とした場合も、上記事由の「納税猶予対象株式を一部でも譲渡した」に該当しますので、猶予は打ち切られることになります。
——現在、同社は新会社を設立し、タレントとエージェント契約を結び、補償以外の業務を新会社にうつす見通しです。このような大きな組織変更を行う場合、納税猶予には影響が出る可能性はあるのでしょうか
「後継者が代表者でなくなった」という状態と考えられますので、納税猶予は打ち切りだと考えます。また「一定の組織変更、解散した」にも該当するとして、実質的な判断で納税猶予が取り消しになるものと考えます。
——このほか、一連の性加害問題をめぐる対処について気になる点があれば、教えてください
藤島前社長は、スマイルアップの100%株主として取締役にとどまることとした理由に、「法を超えた補償を行なうには、第三者の資本を入れるとできなくなるから」と述べています。このことからも叔父であるジャニー喜多川氏の犯罪に対する補償に全力で取り組んでいるものと考えられます。
なお、860億円もの相続税との報道も出ていますが、実際にそこまでの金額になるのかは疑問です。ですが、納税猶予の取り消しにより、相続税に利子を加算した金額を納付せざるを得なくなりますから、納税資金確保のために「スマイルアップ社」が保有している多数の不動産の処分が検討されることになるでしょう。
不動産処分後の金銭の動きとしては、藤島前社長が(1)スマイルアップ社から借りて納税、(2)スマイルアップ社に対して自社株式を売却し(金庫株の特例※)資金を得て納税、の2通りが考えられるでしょう。
※正式名称⇒相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例(通称:金庫株の特例)
私は、補償終了後の会社清算を考えると(2)を選択する可能性が高いとみています。
通常、個人が非上場株式を発行会社に譲渡した場合には、株式の譲渡価額が、その株式に対応する資本金額を超える部分についてみなし配当があったものとされます。
みなし配当は配当所得として総合課税の対象となり、最高税率55%となってしまいます。しかし、相続で取得した非上場株式を、相続開始後3年10ヶ月以内に金庫株にした場合には特例が設けられています。事前の届け出をし、この特例が適用される場合、遺族にかかる譲渡益は譲渡所得となり、一律20%の分離課税となります。
継続前提で事業承継税制を活用したと思いますが、補償のために相続税を一括納付し法制度以上の補償金を支払うことを明言した藤島前社長の判断は賢明だと感じます。一日も早く補償が開始され、被害者の心が少しでも晴れることを祈っています。
【取材協力税理士】
岩永 悠(いわながゆう)
アイユーコンサルティンググループ代表取締役社長/税理士法人アイユーコンサルティング代表社員税理士。
西南学院大学卒業。京都大学経営管理大学院 上級経営会計専門家(EMBA)プログラム修了。26歳で税理士登録後、中堅事務所所属から国内大手税理士法人の福岡事務所設立に参画。13年独立開業、15年法人化。「日本のミライに豊かさを」をビジョンに掲げ、全国10拠点体制でグループを運営している。
事務所名 :アイユーコンサルティンググループ
税理士法人アイユーコンサルティング
URL:https://bs.taxlawyer328.jp/