株主還元を増やすことは「成長の果実の流出」なのか 賃上げとセットにした好循環のあり方
税金・お金
内閣府は、「令和3年度日本経済2021-2022」を公表しました。第2章の「成長と分配の好循環実現に向けた企業部門の課題」では、雇用者への分配を示す「人件費比率」が低下傾向にあると指摘されています。
一方で、企業貯蓄の動向(内部留保)は、右肩上がりの状況で、付加価値に対する配当金比率も上昇しています。これは、企業は積極的な投資を行わず、労働分配を抑えておきながら、自らは内部留保を貯め込み、株主には配当を支払っているということです。
株主配当のあり方については、国会の論戦でも話題になりました。2月21日の衆院予算委員会で国民民主党の前原誠司氏が、株主配当と自社株買いの株主還元が増加していることを示し、「株式市場は資金調達の場のはずが、資金流出の場になっている」と指摘しました。
岸田首相は、これを受ける形で、「株主還元という形で成長の果実等が流出しているということについてはしっかりと受け止め、この現状について考えていくことは重要」と述べました。
この「成長の果実等が流出」という言葉がブルームバーグで報じられて、各方面からは批判が噴出しました。岸田首相の発言のどこが問題だったのでしょうか。(ライター・岩下爽)
●株主は出資しているので、利益の分配を受け取る権利がある
岸田首相の発言に対しては、「経済が全くわかっていない」や、「社会主義をめざすのか」などの批判がなされています。
「成長の果実等」を「利益」と捉えると、「利益を株主に還元することが悪いことなのか」と憤る気持ちも理解できます。「会社は、誰のものか」という哲学的議論がありますが、基本的には株主のものであり、株主は会社の利益の分配を受ける権利を有しています。
投資家が企業に出資(株式投資)する目的は、主に株価上昇による株式売却益を得ることと、企業収益の分配である配当を受け取ることにあります。「成長の果実等が流出」という表現は、投資家からすると「出資しているのに配当は受け取るなということか」と怒りに繋がるわけです。
●問題は「賃金が上がらない中で、配当ばかりが増えること」
前原氏の質問につられる形とはいえ、「成長の果実等が流出」という表現がまずかったことは明らかですが、岸田首相の真意は何だったのでしょうか。
企業利益は、売上等から原材料や費用を差し引いて利益が算出され、その利益から内部留保を除いた分が株主に配当として支払われます。つまり、人件費が支払われた後に配当は支払われるものなので、「成長の果実等が流出」という表現は理論的におかしいということになります。
ただ、企業が利益を捻出するために、本来支払われるべき水準の人件費等を不当に抑えているとしたら、それは問題です。労働者にはわずかな賃金しか支払わず、企業は内部留保を貯め込み、株主には十分な配当を支払っているとしたら、企業と株主による搾取と言われてもしょうがないからです。
岸田首相が言いたかったのは、賃金が上がらないという現状がある中で、配当ばかりが増えていくというのは問題ではないかということだと思います。つまり、岸田首相が言う「成長の果実等」というのは、経費を引く前の粗利をイメージしているのではないでしょうか。企業が得た粗利から、十分な賃金が支払われずに、企業の内部留保と株主への配当に流れている現状は問題なのではないかということです。
●内部留保と配当が増えている背景
それでは何故内部留保と配当が増えているのでしょうか。内部留保が増えているのは、バブル崩壊以降、日本企業は積極性を失い、リーマンショックなども経験して、安全志向がより強まっているからです。何かあったときのために、内部留保を厚くしておきたいという企業心理が働いています。
配当が右肩上がりで増えているのは、日本企業が株主を重視する経営に変わってきているからです。かつては、関連会社と株式を持ち合いしたり、何も言わない機関投資家に株を保有してもらったりしていたため、世界的に見ても日本企業の配当率は低いものでした。
ところが、2000年以降、「物言う株主」として、外国人投資家やファンドなどが増え、これらの投資家が企業経営に口を出すようになりました。利益を上げるために、リストラにより人件費を削減し、配当を多く支払うよう強く求められることもありました。ミクロ的には、個別企業の利益が上がって配当が増えているのだから問題はないように見えますが、マクロ的に見ると、経済の発展がしにくい状態になっています。
経済を発展させるためには、売上を伸ばし、給与が上がり、配当も増えるという好循環を生む必要があります。現在のように、給与を抑え、内部留保して、配当だけが増えているという状態では、消費の拡大に繋がらないため経済の発展は望めません。
目先だけを考えれば、固定費を抑えて利益を出し、株主だけが儲かればいいという発想になるかもしれませんが、経済の好循環に持って行かなければ、日本経済は衰退していきます。そうなれば、結局、株価は下がり、配当も少なくなるため、株主にとってもマイナスになります。
●労働者を資産と考え、資産価値を高める経営をすべきではないか
利益は株主に還元されるべきものであり、株主はそのために出資しているのだから、それを否定することは妥当ではありません。出資を促すという意味でも配当率を上げることは今後も進めていくべきです。
ただ、原油価格の高騰や小麦価格の高騰から、値上げラッシュが続いており、賃金の上昇がない中で生活が苦しくなっているのも事実です。経営者には、株主だけでなく、ステークホルダーへの配慮が求められています。株主は儲からないとわかったら、他の会社にすぐに移ってしまいますが、労働者は会社に残り続けます。労働者を単なる経費と見るのではなく、資産と考え、資産価値を高めるような経営をすべきではないでしょうか。
今回の、岸田首相の発言は、言葉の使い方が不適切だったことは否めませんが、企業は、配当ばかり重視するのではなく、労働者に適正な賃金を支払うことにも配慮すべきということが発言の趣旨だとすれば、その考えには賛成できます。
成長と分配の好循環を生むためには、企業が積極的に投資を行うことが重要です。その中には人への投資や賃上げも含まれます。賃上げ税制の内容はあまり魅力的なものではありませんが、政府の施策にかかわらず、賃金の水準が適正なのか一度確認してみてはいかがでしょうか。
なお、配当を得る機会は誰にでも平等に与えられているので、労働者側も、収入を賃金だけに頼るのではなく、積極的に株式投資などをして配当収入を得られるようにしておくことも有効だと思います。















