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ミライの税制「会社員も実額控除を選べるようにすべき」、不評の「特定支出控除」を考察

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ミライの税制「会社員も実額控除を選べるようにすべき」、不評の「特定支出控除」を考察
中央大学法科大学院の酒井克彦教授(撮影は3月12日)

会社員でも自営業者のように経費が認められる「特定支出控除」。制度自体は1987年からありますが、2013年に改正される旨が発表され、「会社員がスーツを買っても経費として認めてもらえる」と期待されました。

しかし改正後も利用へのハードルは依然高く、2018年分の利用人数はたったの1704人(適用件数は3154件)。この「使えない」特定支出控除が、「使える」ようになることはないのか。租税法の専門家である中央大学法科大学院の酒井克彦教授は、「給与所得と事業所得の垣根をなくして、根本的な問題解決を図るべき」と語ります。(ライター・拝田梓)

●要件を見ると、使う気が失せてしまう

まず、会社員でも経費が認められる「特定支出控除」の仕組みを説明します。

その要件は、

・年間の経費額が給与所得控除額の2分の1を超える
・認められるのは、「通勤費」「転居費」「研修費」「資格取得費」「帰宅旅費」「勤務必要経費(図書費・衣服費・交際費)」の6項目限定

となっています。

特定支出控除額は、例えば給与等の収入金額が500万円の場合、154万円の半分で77万円となるので、年間77万円以上の支出がなければそもそも制度の対象外となります。

さらに、

・確定申告する
・給与等の支払者の証明書を添付する
・特定支出に係るその支出の事実及びその金額を証する書類(領収証等)を添付または提示する

ことが必要なので、会社からの全面的なバックアップが必要となってきます。

このように、金銭的な制約が厳しい、項目が限定されている、証明するためのルールが面倒くさい、などからか利用者数は伸びていません。主な利用者は、事務所に勤めながら資格取得を目指す弁護士や税理士などに限られています。

では、この制度はどうあるべきなのか。ここからは、酒井教授との質疑応答をお届けします。

●「給与所得控除の半額を超える分だけ認める」という設計に間違い

ーー「特定支出控除」は、会社員でも経費が認められるようになる、とても良い話に感じますが、現実の利用者はほとんどいません。なぜでしょうか。

制度として使い勝手が悪いから、それとも魅力がないからでしょうか。項目が限定されている点もあるでしょうけれど、別の見方をすると、給与所得控除がしっかりしているからと考えることもできるかもしれません。

あるいは、会社にお願いして証明書を出してもらわなければいけないというように、証明のための手続がハードルになっているともいえるでしょう。日本人の美徳といいますか、文化的な要因で、会社や周囲の人に「ガツガツしている」と思われたくない、などの心理的な影響もありえます。

この中で考えると、「給与所得控除の半額を超える分だけ認める」という制約をつけてしまったことが使われていない理由かもしれません。

ーーこれだけ利用者がいない制度なら、そもそもなぜ導入されたのでしょうか。

給与所得者に実額控除を認めるべきではないかという議論が昔からあって、給与所得控除を改正しようという流れがありました。

その理由として、個人事業主などに比べると、会社員の所得はガラス張りで全て把握されているにもかかわらず、会社員といえども、個人事業主同様、ケガや病気をしたらいつ仕事を失うか分からない。そのように担税力が低いのに冷遇されているという考えが底流にありました。

とりわけ、大島訴訟という事件(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)では、サラリーマンが事業所得者に比べて税制上不利な扱いを受けているのではないかという点が争点となり、憲法が要請する平等取扱い原則に反するか否かが注目されました。

その事件では、原告である大島教授が敗訴したのですが、この事件を契機に、給与所得者に実額の必要経費が認められていないことに多くの関心が集まりました。そのようなことから特定支出控除制度が導入されたのです。

また、これはむしろ最近の議論ではありますが、給与所得者は源泉徴収されているから自分の税金のことをよく分かっていない、租税リテラシーが足りない、民主主義の国民としてどうなのかという議論があります。

給与所得者の多くは年末調整で税額の計算が終わるので確定申告を行う必要はないのですが、そのことがかえって、給与所得者の税金への関心をそいでいることになっているのかもしれません。社会保険料も税金の一つと思っている人も大勢います。そのような状況ですから、会社員も税金に興味を持つように、実額控除を認めて、確定申告をするようにしたらよいのではないか、という考え方があります。

●給与所得と事業所得の垣根をなくし、概算控除と実額控除の選択制にすればいい

ーーそういった趣旨を実現するには「使える制度」でなければと思うんですが、使える制度にするにはどうしたらいいんでしょうか。

これは私の案ですが、給与所得と事業所得の垣根をなくし、概算控除と実額控除の選択制にすればいいのではないかと思います。

話が少し回り道になりますが、今、事業所得者と給与所得者と分けていますよね。この二つの垣根は昔はすごく高かった。

給与所得について、昭和56年の最高裁判決(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁)は、「雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」であって、「とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け」るような環境の下で提供される労務の対価をいうと判示されています。

これは、弁護士顧問料事件などと呼ばれる大変有名な判例ですが、注目すべきは、給与所得たるものは「空間的・時間的な拘束」を受けた労務の対価であるということですね。

しかし今では、給与所得者でも在宅勤務をしたり、ノマドワーカー、テレワークなど空間や時間に拘束されない被雇用者も増えていて、フリーランスなどとの垣根が低くなってきています。また政府もその垣根を低くしようと主導してきました。

しかし、事業所得と給与所得は近接していても、その取扱いが決定的に違うわけです。

ーー給与所得者と事業所得者の垣根が低くなってきたのに、給与所得と事業所得には高い壁があるわけですね。

そうですね。また、企業としては社員を事業所得者にしたい、という問題もあります。要するに「外注」にしたいわけです。給与所得者だと、源泉徴収義務が発生し多大な負担になりますし、会社が支払った「給与」は消費税の仕入税額控除の対象にならないからです。

これが下請けとかフリーランスのような外注にした場合は仕入税額控除の対象になります。だから、企業は従業員を事業所得者にしたいのですね。加えて、社会保険料の企業負担も馬鹿になりませんし、労働者に権利主張などをされないために、従業員を非正規化(外部化)するケースも決して少なくありません。

一方、フリーランスの側からすれば、正規給与所得者と同じだけの所得控除が欲しいわけです。今では、ある種の逆転現象と言われるほどに給与所得控除が膨らんできていますから。

だから今、所得が事業所得(又は雑所得)に当たるのか、給与所得に当たるのかを争う訴訟が多いんですよ。実際に訴訟にまで発展するかは別としても、必要経費の少ないフリーランスのような働き方をしている人は、給与所得控除を利用できる方が有利なケースが多いでしょうから、「私は給与所得者だ」と主張する傾向にあるといえるでしょう。

逆に給与所得者として扱われている人でも事業所得者になりたい人もいます。日本フィルハーモニー交響楽団の楽団員が提訴した裁判があって、楽団から受けた所得の区分が争われました(最高裁昭和53年8月29日第三小法廷判決・訟月24巻11号2430頁)。

ヴァイオリニストは凄く高い楽器を自分で買わなければならないですよね。その維持費はもちろん、演奏会で着る服や、練習にもお金がかかります。給与所得者だとそれが経費にならないのですね。給与所得控除は給与収入に応じて一定ですから。

でも、税務署は給与所得者に該当するという。これはおかしいではないかと、高価な楽器を自分で買っても、給与所得者であると経費として認められないため裁判になりました。でも、これも納税者が負けてしまいました。

●庶業所得者を給与所得者と一緒の所得区分にしてしまえばいい

ーー給与所得の方が有利な事業所得者と、事業所得の方が有利な給与所得者がいると。

それを解決するために私が提言しているのが、給与所得と事業所得の垣根をなくすことです。
事業所得者にもいろいろいます。お店を経営しているような事業者から、税理士や弁護士、公認会計士などの専門家や小説家、プロスポーツ選手、フリーライターなどまでいます。

税務署は幅広い事業所得者をどう扱っているかというと、業種業態ごとに細かい番号をつけて管理しています。人的役務を提供して対価を受ける人たち、いわゆるフリーランスには特定の番号を付けていまして、そういう人を「庶業所得者」と呼んでいます。

この庶業所得者と、それ以外の営業所得者を税務署では分けて管理しているので、庶業所得者の方を給与所得者と一緒の所得区分にしてしまえばいいのではないかというのが私の提言です。

いわば「人的役務提供所得」といえるような新しい所得区分を設けるのはどうかという提言です。

ーー特定支出控除を使える制度にするよりは、もう所得の区分を見直して給与所得と事業所得の組み換えをしてしまう方がより良い所得税法になるということですね。

そうですね。その上で、概算控除も選択できるし、実額控除も選択できるという選択制にしたらいいと考えています。

そのようにすれば、政府が進めている正規・非正規の壁を税制の上からなくすことができますし、そもそも、特定支出控除が使えるとか使えないとかの議論は根本からなくなるのではないでしょうか。

【プロフィール】
酒井克彦(さかい・かつひこ) 中央大学法科大学院教授。税務大学校等でも教鞭をとる。専門は租税法。近著は『裁判例からみる税務調査』(大蔵財務協会)。

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