貸倒損失の計上について争われた「興銀事件」の概要・影響

貸倒損失の計上について争われた判例「興銀事件」をご紹介いたします。
「興銀事件」の概要
本件の原告である日本興業銀行は、銀行等に債権放棄を要請する「住専処理法」が成立する前の平成8年3月29日、住宅金融専門会社(住専)・日本ハウジングローン(株)に対して有していた3,760億円余の貸付債権について債権放棄の合意書を締結し債権の全額を放棄、その事業年度の確定申告において全額貸倒損失として損金の額に算入しました。
これに対して、被告である税務署長は、本件債権は全額回収不能には至っていないとして、その貸倒損失の損金算入を否認する更正処分を行いました。
これを不服として、日本興業銀行が出訴したのが本件です。
この事件は、第1審では納税者側(興銀)が、第2審では課税庁側が勝訴し、その判断は、最高裁に委ねられることになりました。
最高裁の判決内容
最高裁は、金銭債権の貸倒損失を「その事業年度の損金の額に算入するためには、その金銭債権の全額が回収不能であることを要すると解される。そして、その全額が回収不能であることは客観的に明らかでなければならないが、そのことは、債務者の資産状況、支払能力等の債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衡量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経常的損失等といった債権者側の事情、経済的環境も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきものである。」とし、
「本件債権の全額が回収不能であることは客観的に明らかとなっていたというべきである。」として、原判決を取り消し、納税者側の勝訴が確定しました。
「興銀事件」の実務への影響
それでは、この「興銀事件」の実務への影響について考えてみようと思います。
この「興銀事件」は、債権の回収不能に関して、「債務者側の事情のみならず、債権回収に必要な労力、債権額と取立費用との比較衝量、債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等といった債権者側の事情、経済的環境等も踏まえ、社会通念に従って総合的に判断されるべきものである」という基準を提示した点で意義があったといわれています。
一般的には、基本通達を基準にしてその貸倒の可否について判断されていると思いますが、本件の判決では、事実上の貸倒(債権の回収が不能かどうか)について、基本通達に規定されている債務者側の事実認定のみならず、その他の事情も総合的に勘案して社会通念に従って弾力的に行われるべきであるとされたところに大きな意味を持っています。
また、この判決を受けて、国税庁は、ホームページにおいて「平成16年12月24日最高裁判決を踏まえた金銭債権の貸倒損失の損金算入に係る事前照会について」を掲載し、個別具体的な照会に対応することとなりました。
実務の上では、法律上の貸倒、形式上の貸倒については、客観的に判断が可能でありましたが、事実上の貸倒については、客観的な根拠を示すことが難しく、税務当局との間で争いとなることが数多くありました。
しかし、本件の判決によって、事実上の貸倒について、社会通念による判断に基づき貸倒計上の可否をはかることができ、当局との事前照会によって税務リスクを軽減できることになったことは、実務の面においても重要な判決であったと思います。
寄稿担当
野本会計事務所
野本 伸一郎 税理士
このコンテンツは寄稿担当税理士の責任のもと作成されたものです。税理士ドットコムは内容の正確性、真実性等について責任を負いませんのでご了承下さい。なお、実際のご活用に際してはかならず税理士等の専門家にご相談ください。
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