賞与の給与化、企業と従業員のメリット、デメリットは?
税金・お金
ソニーグループや大和ハウス工業、バンダイなど、大手企業を中心に、賞与の給与化に取り組む企業が増えてきている。
賞与の給与化とは、これまで支払っていた賞与を廃止、もしくは賞与の回数を減らし、その分を毎月の給与に上乗せすること。企業にとっては「月給を高く設定して採用力を強化できる」「人件費の平準化」などのメリットがある。一方で従業員には「ボーナスに頼らない安定収入が得られる」などのメリットがある。
総収入が同じであれば所得税額はほぼ変わらないが、気になるのが社会保険料だ。給与・賞与にかかる健康保険料・介護保険料と厚生年金には、それぞれ上限額が設けられている。
<健康保険料・介護保険料の上限額(協会けんぽ)>
・月額給与の上限額:139万円(標準報酬月額:135万5,000円以上)
・賞与の上限額:累計573万円
<厚生年金の上限額>
・月額給与の上限額:65万円
※27年から29年にかけて段階的に75万円まで引き上げる
・賞与の上限額:1か月あたり150万円
つまり、月収が上限額に近い高年収の従業員の場合、賞与を給与に組み込むことで、保険料負担が減少するケースがある。その結果、従業員と企業側の双方の保険料負担が軽減される。
一方で、平均的な収入の従業員は、月額給与が上がることで保険料を決める等級も上がり、場合によっては社会保険料が増加する可能性もある。ある社員にとってはプラスでも、別の社員にとっては負担増になり、あるいは、会社負担の社会保険料や残業代が予想外に膨らむ……といったリスクも潜んでいるのだ。
そこで、経営者が知っておくべき「賞与の給与化」の損得勘定について、蝦名和広税理士に聞いた。
●年収500万円の場合、賞与の給与化で社会保険料が年3万円減少
ーー平均年収500万円の従業員と仮定した場合、賞与の有無で社会保険料はどう変化しますか?
それでは、以下の前提条件でシミュレーションしてみましょう。
【前提条件】
40歳・東京都在住/協会けんぽ(東京支部)の令和7年度の料率で計算(労使折半)
<ケース1>月収350,000円 + 賞与400,000円(✕年2回)
・毎月の社会保険料:53,640円、賞与の社会保険料:59,600円
→年間トータル保険料:762,880円
<ケース2>月収250,000円 + 賞与1,000,000円(✕年2回)
・毎月の社会保険料:38,740円、賞与の社会保険料:149,000円
→年間トータル保険料:762,880円
<ケース3>給与化で月収416,699円
・毎月の社会保険料:61,090円
→年間トータル保険料:733,080円
月給額の設定により少し差は出ますが、このケースでは賞与なし(完全給与化)のパターンが、年間で約3万円社会保険料が減少する結果となりました。
●年収が高いほど、社会保険料の減少が顕著に
ーー年収額、または給与と賞与の割合などにより、社会保険料が増加・減少するのは、どのようなケースでしょうか。
先程は平均年収でのシミュレーションでしたが、次に同じく40歳の方で年収を1000万円と仮定して、各月給与額と年間賞与のバランスを検討してみましょう。
<パターン1>給与化で月収833,333円
この場合の社会保険料は、健康保険料47,725円、厚生年金保険料59,475円(上限額)となり、年間トータル保険料は1,286,400円となります。
<パターン2>月収700,000円+ 賞与800,000円(✕年2回)
月額の社会保険料は100,300円(健康保険料40,825円、厚生年金保険料59,475円)、1回の賞与にかかる健康保険料は46,000円、同じく賞与にかかる厚生年金保険料は73,200円となり、年間トータル保険料は1,442,000円となります。
比較すると、月々で等分するケースの方が社会保険料が抑えられ、年間で約15万円の差が出ることがわかります。年収が高くなるほど、上限額のルールによって給与化のメリット(保険料抑制)が顕著に現れるのです。
ただし、社会保険料の標準報酬月額の決定には、「定時決定」「随時改定」などのルールもあります。残業代やインセンティブが支給されている場合は、それも社会保険料の等級に影響します。そのため、賞与の給与化を導入しても、必ずしも全員一律に手取りが増えるわけではないという点は注意が必要です。経営者はそのことも念頭に置くべきでしょう。
●社会保険の保障が手厚くなり、残業代アップなどのメリットも
ーー社会保険料の増減以外に、従業員にとってどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
一つ目のメリットは、社会保険の給付(保障)が手厚くなることです。
病気や怪我で休んだ時の「傷病手当金」や、産休・育休中の「出産手当金・育児休業給付金」は、直近の月給(標準報酬月額)をもとに計算されます。 月給が高くなることで、いざという時の公的な保障額がアップするのは、非常に大きな安心材料です。
二つ目に、残業代や各種手当の単価のアップです。
残業代(割増賃金)は「月給(基本給)」をベースに計算されます。賞与が月給に上乗せされると、1時間あたりの賃金単価が上がるため、受け取れる残業代が増えることになります。
同様に、退職金を「基本給 × 〇か月」と設定している企業では、将来の退職金額も自動的に底上げされる可能性があります。
最後に、 家計管理が楽になることです。
業績に左右される賞与への依存度が下がり、毎月の手取り額が増えるため、月々の支払いや貯蓄の計画が立てやすくなります。 また、住宅ローンの審査などでは、変動のある賞与よりも「安定した月給」が高い方が、金融機関からの評価(与信)が上がりやすく、借入限度額に有利に働くことがあります。
次にデメリットをあげてみましょう。
賞与には、まさにボーナスという言葉のとおり、「半年間の頑張りへのご褒美」という強い心理的効果があります。 これが毎月の給与に分散されると、日常の生活費に消えてしまいやすく、車や家電の買い替え、旅行といった「大きな支出」に向けた貯蓄がしづらくなると感じる従業員も多いようです。
二つ目に、企業の業績による「上振れ」がなくなることです。
賞与制度がある場合、会社の業績が絶好調な時は賞与額に反映されたり、決算賞与などで還元される楽しみがあります。これが 完全な給与化や年俸制に移行してしまうと、良くも悪くも収入が固定されるため、「会社が儲かっているのに自分には還元されていない」と感じる従業員が出るリスクはあるかもしれません。
●経営側は「固定費化」と「残業代コスト」を考慮すべき
ーー「賞与の給与化」を検討する経営者へアドバイスをお願いします。
賞与を給与に振ることで、社会保険料以外の最大の懸念は「残業代のコスト増」です。賞与は残業代の計算基礎に含まれませんが、給与化すると時給単価が跳ね上がる可能性があります。
また、一度上げた給与額は、相当の理由がない限り原則下げることは極めて困難です。たとえ業績不振であっても法的に極めて難しくなります。
経営者として、賞与が備えている「業績との連動による人件費の調整機能」を失うリスク、それに伴う固定費化のリスクを十分に覚悟した上での制度設計が求められます。
【取材協力税理士】
蝦名 和広(えびな かずひろ)税理士
特定社会保険労務士・海事代理士・行政書士。北海学園大学経済学部卒業。札幌市西区で開業、税務、労務、新設法人支援まで、幅広くクライアントをサポート。趣味はジョギング、一児のパパ。
事務所名 :Aimパートナーズ総合会計事務所
事務所URL:https://office-ebina.com















