力士の税金は意外と複雑 給与・事業・一時所得が同居する横綱の税金と、副業の落とし穴
税金・お金
去る7月26日に千秋楽を終えた大相撲名古屋場所。横綱・大の里は9勝6敗と横綱昇進後ワーストの成績に終わったが、それでも懸賞の獲得は345本・2,070万円と、力士のなかでトップ。2026年初場所では1場所で3,000万円規模を獲得したと報じられている。
ただし、この「2,070万円」がそのまま大の里の懐に入るわけではない。
大相撲の懸賞は1本7万円。そのうち1万円は取組表への社名掲載や場内アナウンスなど、懸賞の運営にかかる事務経費として日本相撲協会が受け取り、残る6万円が力士の取り分になる(報道される獲得金額は、この6万円で計算されたもの)。
この懸賞金は、税金上「事業所得」として扱われる。 ただし、力士が受け取るお金がすべて事業所得というわけではない。国税庁には「力士等に対する課税について」という通達があり、力士の収入は所得の種類ごとに細かく仕分けされている。
・月給、力士褒賞金(報奨金)…給与所得
・スポンサーから受け取る懸賞金…事業所得
・優勝時の表彰金…一時所得
・引退時に協会から受け取る退職金…退職所得
・法人(企業・後援会)から受け取るご祝儀…一時所得
・個人から受け取るご祝儀…贈与(贈与税の対象)
さらに、CMや講演などの出演料は、その規模や継続性によって事業所得になることも、雑所得になることもある。
では、力士の懸賞金や力士褒賞金には実際どれくらい税金がかかるのか、そして副業を行う人にとって「事業所得と雑所得の違い」はどう関わってくるだろうか。浅井匠也税理士に話を聞いた。
●モデルケースで試算すると税負担割合は約48%
ーー下記の横綱・大の里の収入をモデルに、所得の種類ごとの税額シミュレーションをお願いします。
<横綱・大の里が年6場所フル出場した場合のモデルケース>※編集部が試算
・給与収入:4,560万円
※月給300万円×12カ月=3,600万円、賞与(9月・12月に各1カ月分)=600万円、力士褒賞金(報奨金)=360万円(横綱の最低支給標準額150円×4,000倍×6場所)。力士褒賞金は最低額で計算
・事業収入:1億2,420万円
※懸賞金。2026年名古屋場所の獲得額2,070万円(345本)が6場所続いたと仮定(大の里は2026年春場所を途中休場しているため、あくまで仮定の数字となる)
・一時所得となる収入:1,000万円
※年に1回、幕内最高優勝したと仮定した場合の協会からの優勝賞金
・雑所得となる収入:200万円
※講演料・イベント出演料などを仮に置いたもの
ー浅井匠也 税理士
上記の前提をもとに、所得の種類ごとの税額は以下のとおりです。なお、事業所得の必要経費は収入の5%(621万円)、雑所得の必要経費はゼロ、所得控除は社会保険料控除の約200万円のみと仮定します。
①給与所得(月給・賞与・力士褒賞金)
└給与収入4,560万円ー給与所得控除195万円=給与所得4,365万円
給与には「給与所得控除」が適用されますが、給与収入850万円超では上限195万円で頭打ちになります。収入規模の大きい力士にとって、給与は控除の余地が小さい区分といえます。
②事業所得(懸賞金)
└事業収入1億2,420万円ー必要経費621万円(仮定)ー青色申告特別控除65万円=事業所得1億1,734万円
事業所得は、収入を得るために必要な支出を実額で経費にできる点が特徴です。ただし力士の場合、稽古場や食事・宿舎といった費用は相撲部屋の側で賄われていることが多く、給与部分には給与所得控除も適用されています。
そのため、懸賞金に係る事業所得から差し引ける経費は、個人で雇ったトレーナーの費用などのうち、懸賞金に係る業務の遂行上直接必要であり、給与所得や私生活に対応する部分と明確に区分できるものに限られると考えられます。
そこで今回は、試算上の仮定として必要経費を事業収入の5%に当たる621万円としました。さらに、青色申告の承認を受け、複式簿記による記帳、期限内申告、e-Taxによる申告等の要件を満たすものとして、65万円の青色申告特別控除も適用しています。
③一時所得(優勝賞金)
└(1,000万円ー特別控除50万円)✕2分の1=課税対象475万円
一時所得には50万円の特別控除があり、さらに残額の2分の1だけが課税対象になります。なお、この50万円は1件ごとではなく、その年の一時所得全体でまとめて1回だけ差し引けるものです。
同じ1,000万円でも、給与や事業所得として受け取る場合に比べて税負担が大幅に軽くなる、優遇された区分です。
④雑所得(講演料・イベント出演料など)
└収入200万円ー必要経費0円(仮定)=雑所得200万円
<税額の計算>
・総所得金額=4,365万円+1億1,734万円+475万円+200万円=1億6,774万円
・課税総所得金額=1億6,774万円ー所得控除200万円=1億6,574万円
※合計所得金額が2,500万円を超えるため、基礎控除は適用されません(ゼロ)。
・所得税:1億6,574万円✕45%ー479万6,000円=6,978万7,000円(約6,979万円)
・復興特別所得税:6,978万7,000円✕2.1%≒約147万円
・住民税(所得割10%):約1,657万円
所得税・復興特別所得税・住民税の合計:約8,783万円
収入合計1億8,180万円に対して、所得税・住民税等の合計は約8,783万円となり、収入に対する税負担の割合は約48.3%です。おおまかにいえば「収入の半分近くが税金」という水準になります。
なお、月給・賞与は協会が源泉徴収しますが、懸賞金には源泉徴収がなく、確定申告で自ら納税する必要があります。相撲界では、力士の取り分6万円のうち一定額を協会が「納税充当金」として本人名義で預かり、確定申告時の納税資金に充てる仕組みが設けられており、懸賞金が「自分で申告・納税する所得」であることがここにもよく表れています。
●副業収入で論点になる「事業所得と雑所得」の判断基準とは
ーー「給与以外の収入もある」という構図は、副業をしている会社員も同様です。副業収入では、雑所得より事業所得のほうが優遇されますが、事業所得と雑所得はどのように判断されるのでしょうか。
ー浅井匠也 税理士
なぜ、事業所得が「優遇されている」といわれるのか、その理由は主に以下のとおりです。
・青色申告特別控除(最大65万円)が受けられる
・赤字を給与所得など他の所得と相殺できる(損益通算)
・相殺しきれない赤字を翌年以降3年間繰り越せる(純損失の繰越控除)
・家族への給与(青色事業専従者給与)や、40万円未満の資産をその年の経費にできる特例(少額減価償却資産の特例)が使える
雑所得では、これらはいずれも使えません。特に大きいのは損益通算で、副業が赤字の場合、事業所得なら給与と相殺して税金の還付を受けられますが、雑所得の赤字は切り捨てられます。
事業所得と雑所得の判断基準ですが、所得税法には「これに当てはまれば事業所得」という明確な線引きはありません。判例では、「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性・有償性を有し、反復継続して遂行する意思と社会的地位が客観的に認められるか」という、いわば社会通念で判断するとされています。力士のCM出演料や講演料が規模や継続性によって事業所得にも雑所得にもなるのは、まさにこの判断によるものです。
実務上の参考として、2022年10月に国税庁の通達が改正され、帳簿書類の保存がない場合は、収入金額が300万円を超え、かつ事業所得と認められる事実がある場合を除き、原則として業務に係る雑所得に区分されます。ただし、帳簿をつけていても、赤字続きなのに黒字化への取り組みが見られない場合など、個別に判断されて雑所得とされることがあります。
●税務調査で「事業所得でない」と判断されると、重い税負担のペナルティも
ーー安易に事業所得として申告した場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。
ー浅井匠也 税理士
特に問題になりやすいのが、実態の乏しい副業の赤字を給与と損益通算し、源泉徴収された所得税の還付を受けるケースです。
税務調査で「事業といえる規模・実態がない」と判断されれば、雑所得への区分変更によって損益通算や青色申告特別控除が否認され、
・本税の追徴
・過少申告加算税(原則10%、一定額を超える部分は15%)
・延滞税(2026年は納期限の翌日から2カ月以内が年2.8%、それ以降は年9.1%)
が課されます。
さらに、架空経費の計上など仮装・隠蔽と認定されれば、重加算税(35%)の対象となります。数年分をまとめて否認されると負担は相当な額になり、「とりあえず事業所得で出しておく」ことは決して得策ではありません。副業の規模・継続性と記帳の状況を客観的に見つめたうえで区分を判断し、迷う場合は税理士に相談することをおすすめします。
【取材協力税理士】
浅井 匠也(あさい・たくや)税理士・公認会計士
監査法人で会計監査・IPO支援、コンサル会社では決算・財務アドバイザリーに携わり、2019年に浅井匠也税理士公認会計士事務所を開業。上場企業から中小企業や個人事業主まで、税務・会計・資産管理を幅広くサポート。自らも株式、不動産、仮想通貨といった複数の資産に投資しており、実体験をふまえたアドバイスが可能となっている。宅地建物取引士試験にも合格しており、不動産の売買や賃貸に伴う税務の相談にも対応している。
事務所名:浅井匠也税理士公認会計士事務所
事務所URL:https://biryani.jp/















