「消費減税はコスパの悪い物価高対策」 税制の専門家が本気で推す「給付付き税額控除」の意義
税金・お金
消費税減税の法案審議が国会で始まっている。飲食料品の消費税率を2027年4月から2年間に限り、8%から1%に引き下げるというものだ。税率が下がれば、私たちが実際に支払う金額もその分だけ下がるのだろうか。元財務省で「日本の消費税」などの著書がある、東京財団の森信茂樹・シニア政策オフィサーは「減税しても物価は期待するほど下がらないと思います。消費減税は物価高対策として非常にコスパの悪い政策」と指摘する。
政府は2年間の減税期間が終われば、就労者の所得に応じて現金を給付する「所得連動型給付」(給付付き税額控除)を本格導入する計画だ。20年間にわたり給付付き税額控除を研究してきた森信氏に、減税の問題点と新給付制度について聞いた。(ライター・田中瑠衣子、新志有裕)
●消費税が1%になっても税込み価格が下がるかは疑問
――2027年4月から飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる議論が国会で始まっています。1%になれば家計の負担は軽くなるのでしょうか。
物価は期待するようには下がらないと考えています。イギリスやドイツの例を見ても、税率を引き下げた分だけ下がるわけではありません。商品の価格は原材料費や人件費、光熱費などのコストを踏まえ、需要と供給で決まります。
例えば、銀座には1杯1500円のコーヒーを出す店がありますよね。なぜその値段だと思いますか。銀座は地価が高く設備投資にもお金がかかります。でもそれだけではなく、銀座なら1500円でも飲む人がいるからです。違う場所では1500円では売れないでしょう。
税率を8%から1%に下げれば、税率部分は確実に下がります。でも、事業者が原油高で価格転嫁を迫られマージンを少しでも多く確保したいと思う中で、税込み価格がどこまで下がるかは疑問です。
こう言うと「本体価格を上げる店は消費者から淘汰される」と反論されますが、私はきれいごとだと思います。事業者は従業員に給料を払い、事業を継続しなければならず、消費者のほうだけを向いているわけにはいきません。
――そもそも消費減税は、物価高対策として費用対効果が低いということですか。
そうです。私はコストパフォーマンスの悪い政策だと考えています。
税率を変えると事業者は価格表示やシステムなどを変えなければならず、コストがかかりますよね。税率変更の前後に消費行動も変化します。減税前には買い控えが起き、税率を元に戻す前には買いだめが起きるなど混乱します。
本音では、自民党の政治家の多くも消費減税はやりたくないと思っているのではないでしょうか。そもそも消費減税は衆院選の「争点つぶし」でした。野党が減税を打ち出し、自民党は対抗するしかなくなってしまった。この時点で自民党の公約は「検討を加速する」というもので、減税は検討した結果やらない、という雰囲気でした。ところが選挙で自民党が大勝し、高市総理は「国民から付託を受けた私がやらなければ」と変わったのだと思います。
消費税は政治に翻弄されてきました。例えば、なぜ新聞はいまだに8%の軽減税率が適用され続けているのでしょうか。ニュースや知識を得るための生活必需品だからといいますが、新聞の発行部数は減り続け、生活必需品とは言えなくなっています。
――減税で年5兆円の財源が必要になると言われています。関連法案には何を財源にするか明記されていませんが、財源はあるのでしょうか。
特定の事業目的のために国が積み立てている『基金』を抜本的に見直す話が出てきて、それは賛成です。財務省から見れば基金は“貯金箱”のようなものですが、これを取り崩すというのは政治的にアンタッチャブルでしたから。外為特会(外国為替資金特別会計)からの税外収入も使うでしょう。
●消費税を上げるのは大変だから社会保険料に逃げる
――減税した場合、2年後に税率を元に戻すことはできるのでしょうか。
一度税率を1%に下げれば、消費者は1%を前提に生活を考えるようになります。税率を元に戻すとなれば「なぜ上げるんだ」と反発されるでしょう。
イギリスでは日本の消費税にあたる付加価値税率を2.5%引き下げた後、元に戻し、その後さらに引き上げたことがあります。イギリスは政権がやると言ったらやる国ですが、日本で同じことができるとは限りません。
消費税を8%に戻すタイミングで政府は、所得に応じて現金を給付する「所得連動型給付」(給付付き税額控除)を本格導入する計画です。ただ、これは働く人だけが対象です。おそらく年金生活者にも新たな給付をするといった議論が出てくると思います。
給付は恒久的なので恒久財源が必要になります。2年間限定で年5兆円はなんとか捻出できても、5兆円が恒久的に続くとなれば、よほど景気がよくならない限り出せないと思います。財務省が今一番やきもきしているのは、この2年目以降の恒久財源をどうするかだと思います。
防衛費や国債の利払い費も確実に上がるし、医療技術が高度化し、新薬に保険が適用されれば医療費も増えます。そうした中で、どう財源を確保するのでしょう。
――社会保険料の負担も重くなっています。例えば、2026年に始まった子ども・子育て支援金制度もそうです。岸田政権のときに消費税の引き上げが政治的に難しいため、保険料に上乗せする形でつくりました。独身や子どものいない世帯も負担しなければならず「独身税」などと批判されました。
政治家から見れば消費税を上げるのが大変だから、社会保険料に逃げ込みますよね。国民には、社会保険料はいずれ自分に給付として返ってくるという思いがあります。しかし、社会保険料は主に現役世代と企業が負担します。現役世代の手取りが増えにくくなるうえ、企業の競争力も弱くなります。政治が減税を主張した結果、社会保険料がどんどん上がり、現役世代の手取りが減った、これが今起きていることです。安易に社会保険料に頼り続ければ企業の力も弱ってしまいます。
ドイツではメルケル政権のときに付加価値税を引き上げ、その財源で社会保険料を下げる改革が行われました。税負担を増やす一方で、現役世代や企業の社会保険料負担を下げるという考え方で、課題に真正面から対応しました。
●政府が導入を閣議決定した「給付付き税額控除」
ここまで森信氏の消費税についての考え方を紹介してきたが、インタビューの後半では、「給付付き税額控除」がキーワードになる。消費減税とともに政府は「所得連動型給付」(給付付き税額控除)導入法案も閣議決定した。働く中低所得者を対象にした制度で所得に応じて現金を給付し、税や社会保険料の負担を軽くするためだ。減税をする2027年度と2028年度には、飲食料品の消費税率1%分にあたるお金を先行給付し、減税が終わる2029年度に本格導入する。森信氏は20年以上、給付付き税額控除を研究し国に導入するよう提言してきた。対象者の年収範囲などは国によって違うが、アメリカやイギリス、カナダ、フランスなど海外でも導入されている。
●給付付き税額控除で「安易な減税論」をなくしたい
ーー給付付き税額控除は税や社会保険料の負担を軽くするためですが、入れることでどんな意味を持つのですか。
私が給付付き税額控除を推すのには二つの理由があります。一つは、勤労世代に的を絞った負担軽減策として給付付き税額控除を導入することにより、選挙のたびに起きる安易な消費減税論をなくすことです。
もう一つは、給付付き税額控除を入れると、今後選挙のたびに給付額を増やそうという流れになり、財源をどうするかが問題となり消費税を引き上げて対応するという議論にならざるを得なくなります。
過去の消費税率の引き上げは、年金財源の確保が理由になってきました。今後は、給付付き税額控除をきっかけに、社会保障の給付と財源を一体的に考えられるようになると思います。
――長く議論されながら、なぜ日本では給付付き税額控除は時間がかかったのでしょう。
長く関わってきたので分かりますが、政治の問題です。給付付き税額控除は2007年、福田内閣のときから議論が始まりました。2009年からの民主党政権でも引き継がれ、2012年8月に成立した社会保障・税一体改革関連法に、民主党は給付付き税額控除を主張、明記されました。ところが2012年12月に再び自民党政権に代わり、安倍政権は公明党の主張した軽減税率の導入に向けて進み、給付付き税額控除は「民主党の政策」という位置づけになりました。それに伴って関係省庁も手を引いてしまったのです。
5年ほど前に総務大臣を退任された高市さんと面会し、給付付き税額控除を説明したところ「これで分厚い中間層を再構築することができますね」と関心を持ってくださいました。今回、高市総理は給付付き税額控除を税と社会保障改革の「本丸」と位置づけています。
――政府や有識者たちでつくる社会保障国民会議が議論していますが、一人当たりの給付額や対象者など大事な部分が決まっていません。
私が所属する東京財団は2026年4月に、給付付き税額控除の具体的な制度設計を提言しました。働く個人が対象で、社会保険料を払い始める年収130万円以上から年20万円を給付し、250万円まで定額で250万円を超えたら給付額を段階的に減らし300万円で無くなる設計です。対象者が約1600万人いると仮定し、必要な財源は約2.8兆円と試算しています。

(東京財団が提言した給付付き税額控除のイメージ図)
今後の課題は、リアルタイムの所得額に応じた給付ができるようにシステムを整えることです。現状では前年の所得で給付額を決めるので、実態に合っているとは言えません。イギリスでは企業から従業員の所得額が毎月報告されて、現金支給される仕組みです。日本でも企業は従業員の源泉徴収額などを毎月提出しています。クラウドにデータを保管し、税務当局や給付官庁がアクセスできるようにする仕組みの構築を提案しています。















