医療法人にはどんなメリットがある?法人化のタイミングやデメリットも解説

勤務医の方が独立する際、個人医院か医療法人のどちらにするかは迷うところです。また、すでに個人医院を運営されている方は、「法人成り」のタイミングについても悩むポイントでしょう。
では、医療法人にすることで具体的にはどのようなメリットがあるのでしょうか? 法人化を検討すべきタイミングや費用についてわかりやすく解説します。
目次
医療法人のメリット
医院やクリニックを法人化することで、「経営」と「税務」の両方にメリットがあります。 具体的には次の7つです。
- 一定以上の所得で節税になる
- 手元資金が増える
- 経費計上できる範囲が広がる
- 資金調達がしやすくなる
- 事業承継が容易になる
- 相続税の負担が軽減できる
- 分院が開設できる
1)一定以上の所得で節税になる
一定以上の利益がある場合は、法人化することで税負担が減る場合があります。
まず個人開業医の場合は、自身に給与を支給することはできません。得た利益は事業所得として申告します。
一方で法人の場合は、自身に給与を支給し、給与所得を得ることができます。事業所得の場合は、青色申告所得控除は最大65万円ですが、給与所得の場合は所得額に応じて「65万円から195万円まで」の給与所得控除を受けることができます。
また、「超過累進税率」が適用される所得税と異なり、法人税は税率が一定である「比例税率」のため、所得額が500万円を超えたあたりで比例税率のほうが低くなります。さらに、特定医療法人であれば、法人税の軽減税率が適用されます。
加えて、家族を法人の役員にして「役員報酬」を付与することで所得が分散でき、節税効果が期待できます。
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2)手元資金が増える
節税になるということは手元に残る資金が増えるということです。さらに、法人には社会保険診療報酬の源泉徴収がないため、この分も手元資金が増えます。
手元資金は潤沢であるに越したことはないので、この点もメリットであると考えられます。
3)経費計上できる範囲が広がる
個人開業医よりも、法人のほうが経費として認められる範囲が広くなります。
たとえば、個人開業医の場合は、退職金の支給は必要経費として認められていませんが、法人であれば「役員退職金」として支給することができます。退職金には「退職所得控除」が適用されるため、課税されるのは控除後の額の半分になります。
また、自宅の家賃については、個人開業が経費にできるのは仕事としての使用分に限られますが、法人であれば、自宅を法人名義で契約して社宅として自身に貸し出すことが可能になります。
このとき、無償で貸し出す場合は、役員報酬(給与)として認定されるため、所得税や住民税の課税対象になるため注意しましょう。
保険契約についても同様です。個人開業医が生命保険に加入する場合は「生命保険料控除」が適用できますが、この限度額は12万円までと定められています。一方、法人の場合は生命保険料の限度額が決められていない(※)ので、より多くの節税効果を得られる可能性があります。
このように個人開業医の場合、事業に直接関係のあるものしか経費計上できませんが、法人の場合は事業に関連する費用についても経費として認められやすくなります。
※令和元年7月8日以後の保険契約での改正
法人を契約者とし、役員または使用人等を被保険者とする保険期間が3年以上の定期保険または第三分野保険で、最高解約返戻率が50%を超える商品については、最高解約返戻率に応じて3段階に区分。そして支払保険料に一定割合を乗じた金額を一定期間資産に計上し、残額を損 金の額に算入するという取り扱いとなりました(一定の例外を除く)。
例外処理を含めた具体的な損金算入ルールについては、法人税法基本通達に細かく記載されています。
4)資金調達がしやすくなる
節税だけでなく、資金調達の面でもメリットがあります。具体的には、資金調達の手段が増えること、社会的な信用が増して借り入れしやすくなるということです。
その理由として、法人はその事業実態が明確であり、組織としての安定感や企業の成長の期待値があることが挙げられます。融資を受けるには主に返済能力がどの程度かを審査されますが、法人は設立段階で登記手続きや設立費用の調達という過程を経ており、一定の土台が確立されています。
そのため、一般的には個人開業医よりも返済能力についての社会的信用度が高くなり、融資審査に通りやすくなると考えられます。
5)事業承継が容易になる
医療法人化には、税制優遇措置や資金調達が有利になるといったことに加え、事業承継の際にも大きなメリットがあります。
個人診療所の場合、事業承継は親族への承継か第三者への譲渡といった2択となります。そして、いずれの選択にかかわらず、診療所の廃止手続きをした上で、再度、新規開設手続きをしなければなりません。
また、個人診療所の中でも病床を有する診療所については、地域医療計画により、新たに新規開設届けを提出しても病床を引き継ぐことはできません。引き継ぐ際は入院患者が入院していることが条件となります。
医療法人の場合、第三者に譲渡する場合を除いて、理事と管理者の変更で足り、新規開設扱いとはなりません。診療所と財産は個人(理事・管理者)所有ではなく、法人所有だから、というのがその理由です。そのため、個人診療所の場合よりも、時間や手間をかける必要がありません。また、他の医療法人との合併という選択肢もとることができます。
6)相続税の負担が軽減できる
2007年4月以降は、医療法が改正によって設立できるのは持分のない医療法人のみとなりました。持分のない医療法人の場合は、最初に拠出した資産以外は相続財産にならないので、相続についてのトラブルを心配することなく医業に集中することができるのです。
7)分院が開設できる
個人で診療所を経営している場合、原則として分院を持つことができません。個人診療所の開設者・管理者は、他の医療施設の開設者・管理者となることができないからです。
一方医療法人は、医療法人自体が開設者となることで分院をもつことが可能になります。そのため、介護施設や老人ホームなど、医療・介護を中心とした事業を拡大し、地域に貢献することもできます。
医療法人にするデメリットはある?
医療法人にするには、メリットばかりではありません。しっかりとデメリットも確認した上で検討しましょう。
管理運営が煩雑になる
医療法人設立の手続きは煩雑であり、都道府県の認可が必要になります。また、定期的に各種関係機関に事業報告の届け出を行う必要があり、事業報告書や資産登記、理事会の議事録など書類作成の手間がかかります。
これら各種の届出は自分で行うことも可能ですが、作成に専門知識が必要とされる書類もあるため、専門家に依頼する必要があります。
さらに、従業員の社会保険や厚生年金への加入が義務付けられ、人件費が増大します。
このように、個人開業医よりも管理運営が煩雑になるという点がデメリットとして挙げられます。
解散時も手間がかかる
医療法人の場合は、解散時も都道府県の認可が必要で容易に行うことはできません。これは、地域医療の担い手であるという観点から、事業の永続性を求められているためです。そのため、廃業するような場合にはM&Aなどの検討が必要になることがあります。
このように医療法人は、営利を目的としない非営利法人として国民の保健衛生を担う立場にあるため、常に行政庁の監督下にあるのです。
また、現在では出資持分の定めのない医療法人しか設立できないため、解散時は残余財産が国や地方公共団体に帰属することになります。
後継者がいるのであれば、事業承継を行うことでこのようなデメリットはありませんが、後継者の見通しがまったくない場合にはこの点に十分留意しましょう。
交際費の制限ができる
法人は、原則として交際費は損金不算入です。ただし「交際費課税の特例措置」を利用すれば、一定額までは損金算入が認められます。
資本金1億円以下の中小法人の場合は最大で800万円まで、資本金1億円超の大企業の場合、上限なく飲食費の半額を損金算入できるようになっています。
この点、個人開業医は法律によって交際費の上限額が定められていませんので、上限なく計上することができます。
報酬が固定になる
個人の場合、利益によって月ごとに所得が変動しますが、医療法人化した場合には期内で決めた固定の役員報酬となります。つまり、どんなに稼いでもその月の報酬を増やすことができないのです。
役員報酬は1年に一度変更ができますが、むやみに増額するとその分個人にかかる税金が増えたり、損金不算入になる可能性もあるので慎重に検討する必要があります。
医療法人化すべきタイミングとは?
以上のようなメリット・デメリットを踏まえ、医療法人を設立する(医療法人化する)タイミングとしては、次のような場合が挙げられます。
- 診療所の社会的信用を高めたい場合
- 親族に事業承継を考えている、または事業承継者が決定している場合
- 介護保険事業への進出や分院等、法人化により可能な事業を計画している場合
- 毎年の事業所得が高額である、またはそれが見込まれる場合
設立の前段階において想定される事業規模などから、個人開業とのメリット・デメリットを比較検討してみてください。
医療法人設立の流れと費用
最後に、医療法人設立の流れと費用について簡単に説明します。
医療法人の設立のためには、まず都道府県に認可申請することからはじまります。
都道府県への認可申請から、法務局への登記申請までのフローはおおよそ以下のとおりとなっています(※ 都道府県によって多少異なることがあります)。
- 定款・設立趣意書などの作成
- 設立総会の開催
- 設立認可申請書の作成および審査
- 設立認可申請書の本申請
- 都道府県医療審議会への諮問および答申
- 設立認可書の交付
- 設立登記申請書類の作成・申請
そして登記申請が受理されたら、設立の手続きは完了です。
なお、医療法人設立認可申請は、通常年2〜3回の決まった期間に限定され、設立認可まで6か月ほどかかります。その後の法人登記や診療所開設準備などを含めると、開院まで10か月程度かかるため、余裕を持った準備を行いましょう。
設立にかかる費用としては、個別の状況により金額は異なりますが、専門家への報酬等も考慮すると50万から100万円程度となります。
おわりに
医療法人の手続きは専門的な知識が必要で、設立後の税務処理も複雑です。そのため、設立準備段階から、医療法人に詳しい税理士にその後の税務顧問もあわせて相談してみることをおすすめします。